プライベート・セッション

shit_pieのセラピーブログ。

日記

  • 毎日、昼はセブンイレブンで買ったパンをひとつ食べ、夜はイオン系の格安スーパーで買った簡便で安い食べ物をくらい、情けない生活をしていることがかなしい。わたしは立派な貧困層である
  • 資本主義的に感情もそのひとの資本だと考えると、それもぐしゃぐしゃになっていて、だいたいいつも底を尽きかけている。ちょろちょろと湧いてきているものをほんの少しすくっては、ばっとそこらへんに撒いている感じ
  • 加速主義、新反動主義的にいえば、「出て行く」、「イグジットする」、「立ち去る」ことを積極的に考えないといけない。加速主義と新反動主義の言葉をおもしろおかしくあつかうのは、思想信条的にはばかられるけれど……
  • この生活から、この毎日から、この日々から、この労働から、この社会から、いまのありかたから、あなたたちとわたしたちから、いまの思いやじぶん自身から立ち去ること
  • だが、どこへ?
  • ここ数年、わたしはスピリチュアリズムというものを徹底的に避けてきたつもりで、とにかくスピっているもの、こと、ひとがきらいだった。ここでいう「スピリチュアリズム」とは、メジャーな宗教すべてもふくんでいる
  • 寺社仏閣や霊的なものへの敬意を捨て、自然や生命を冷めた目で見て、アニミズム的な考えもほとんど捨てた。初詣のような習慣もなんとなくやりすごした。虫も平気で殺すようになった
  • スピることを避けて、もっと唯物的にものごとを考えるようにしたのだ
  • けれども、どんどん心が苦しくなってくるにつれ、積極的にスピったほうがいいことに最近気づいた。そのほうが楽だからである
  • ここ数年は、安っぽい新興宗教にはまる者から熱心なキリスト教徒のラッパーまで、どうしてみんなそんなにスピっているのかが不思議でならなかった。疑いなくひとつのものを信じることは理解できないし、それは危険なことだともおもっていた
  • だが、その気持ちが突然わかってしまった。カニエ ・ウェストの苦しみがわかってしまったのである
  • つまり、みんな生きるのがつらいのだ
  • ちなみにわたしは「スピる」という言葉を、ちょっとした信仰心をもつ、くらいの意味でいっている。「一寸の虫にも五分の魂」をもう一度信じてみる、くらいの意味あいである
  • というわけで、あたまがおかしいなりに一気に飛躍してみると、わたしは仏教を学んで出家したい
  • どうだ。やばいだろう。わはは
  • 感情のうごめき、いまの生活、このマテリアルワールドから立ち去ること
  • とりあえずかたちから入るなら、高野山へ行ってみたいし、熊野古道へ行ってみたいし、屋久島へ行ってみたいし、四国のお遍路もしてみたい。あんまり関係ないものもまざっているな。まあいいや
  • 超ありがちな感じだ
  • とはいえ、わたしはまだわたしのなかの唯物論者を追い出してはいなくて
  • とにかくひとりになって、いろいろと考えたいんです