プライベート・セッション

shit_pieのセラピーブログ。

日記

  • 人間に一貫性を求めてはいけない。これ、ぼくのポリシー(Mr.Children“友とコーヒーと嘘と胃袋”より)。
  • Mr.Childrenの『Q』に収録されている“友とコーヒーと嘘と胃袋”は、Mr.Children最良の一曲である。
  • 日曜日。先週の日記を書いたあと、タワーレコード新宿店へ『素晴らしいアイデア 小西康陽の仕事 1986-2018』を買いに行った。店頭で「高いな……」と思い、買うかどうかを20分迷ったあげく、けっきょく購入した。人生の時間は有限なのに、まったくもって無駄な20分である。
  • その後、ディスクユニオンへ行こうと、そばを歩いていた若い女性の脚をぼうっと眺めながら歩いていたら、店の入り口で方便凌に呼び止められた。オタク・チャンス・ミーティングである。
  • 新宿ピカデリーで二度目の『リズと青い鳥』を見るという方便と、どこかで茶でもしばくかと雨のそぼ降るなか靖国通り方面へと移動。サイゼリヤミスタードーナツとどこも満席で、角川シネマ新宿近くのルノワールに入店。小一時間歓談。進んでいる企画の話しを聞いたが、どれもなかなかおもしろそうだった。
  • Vtuberは速度が速すぎて、ちょっとこわいという話しをした。
  • 夕飯を作れなかったことで妻から怒られる。
  • 火曜日。HMV&BOOKS SHIBUYAの、Lampトーク・ショー+ミニ・ライブ+サイン会で司会というのか、聞き手をさせてもらった。予想以上に多くの方に来ていただいたので、めちゃくちゃ緊張したが、なかなかいいイベントだったと思う。Lampのお三方も満足してくださっていたようだし、なによりTwitterではファンの方々から「おもしろい話しが聞けた」とポジティブな反応が。
  • Lampは男性ファンが多いが、今回のイベントには女性が多かったと染谷さん、永井さん、香保里さんはよろこんでいた。
  • 終演後はみんなでタイ料理店で食事。ウワノソラの角谷くん、写真家の濱田英明さんも。考えてみれば、ぼくは全員と初対面だった。
  • 染谷さんは、きびしくてこわいひとだったらどうしようと思っていたが、もちろんそんなことはなかった。香保里さんは、(失礼かもしれないが、)ある意味で想像通りの方で、とても話しやすかった。永井さんはどんな方なのかまったく想像もつかなかったが、フレンドリーでおもしろいひとだった。トーク・ショーでも、永井さんの発言がかなりおもしろかった。
  • その後、角谷くんに誘われ、なぜか道玄坂で立ったまま缶ビールをすすりながら話し込むことに。しかも、終電近くまで。ほぼ同世代だが、ユニークきわまりない不思議な音楽家で、話していて楽しかった。これは明かしていいのかわからないけど、角谷くんが大量のディスク・ガイド本を持ち歩いて読み込んでいることがおもしろかった。
  • 角谷くんは曽我部さんへのインタビューを読んでくれていて、ぼくが「作品を聞いてもよくわからない」ことを直接ぶつけたり、ネガティブな気持ちになったことを正直に話していることをおもしろがってくれていたようだった。
  • ああいった質問をできたのも、曽我部さんという音楽家の度量の大きさゆえだと思う。それは『the CITY』をさらに壊そうとしている『the SEA』の試みによく表れていると思う。『the SEA』について曽我部さんは、「サニーデイ・サービスの曲を壊してくれる人に頼んだ」というようなことをおっしゃっていた。
  • 染谷さんと角谷くんがエリック・ドルフィーを知らないことに心底驚いてしまった。
  • 帰りながらウワノソラのファースト・アルバムを聞いて、感動した。
  • 『素晴らしいアイデア 小西康陽の仕事 1986-2018』は意義深く、素晴らしい。当然ながら収録されていない楽曲も多いが、選曲や曲順、曲間と流れまでもがしっかりと考えられており、ひとつの作品として90曲を聞くことができる。隅々まで、細部まで行き届いている作品だ。
  • 愛聴してきた『きみになりたい。』とはまったくちがうし、columbia*readymadeのコンピレーション、『うたとギター。ピアノ。ことば。』ともちがう性格、性質の作品なのである(当然のことではあるが)。
  • 『素晴らしいアイデア』は、世代的にも3枚目がもっとも親しみ深く、3枚目ばかりを繰り返し聞いてしまう。特に“The International Chappie's Cheer-leading Team”から“慎吾ママのオハロック”、そして、“キミノヒトミニコイシテル”へと至る一連の楽曲は、涙なしには聞けない。
  • しかし、1枚目や2枚目も当然おもしろい。
  • 3枚目の時期から2000年代の小西康陽は、リミックス集の『ATTRACTIONS! KONISHI YASUHARU Remixes 1996-2010』でも聞けるとおり、いわば「激躁状態」であるが、しかし、『素晴らしいアイデア』からはあの時代の狂騒がなぜだかそれほど感じられない。「軽鬱状態」といってもいいピチカート・ワンの諸作品に近い手触りがあるのだ。それは、2018年に編まれた作品であるからなのか、あるいは小西康陽という作家の個性によるものなのか。そのどちらもだろう。
  • 小西さん(と面識もないのに、さんづけで呼ばせていただくが、)の歌詞は十代のときには馴染まなかったが、二十代後半になってやっと理解ができるようになってきた。きわめてドライな、ペシミスティックなリリックがおもしろいのだ。
  • 『素晴らしいアイデア』の各曲解説では、「東京の言葉のイントネーションにこだわってメロディーを書いているので、カバーなどでそれが変えられるのは遺憾だ」ということを何度か書かれているのだが、なるほどと得心がいった。小西さんの書く歌詞が、曲を聞いているとスムーズに、するっと入り込んでくるのは、そういうことだったのかと思った。
  • 10周年を迎えたリル・ウェインの『ザ・カーター・III』について思いを巡らせた。10年前、つまり2008年の音楽を振り返ることはとてもおもしろい。
  • 木曜日。体調を崩した。今週はほとんどソファで寝ていたので、睡眠不足と、日中はまともな食事をしていないから、栄養不足によるものだろう。胃腸炎か風邪かどちらかだと思ったが、風邪のようだった。
  • ぼくが風邪をひいたり体調を崩したときには、野菜ジュースを大量に飲む、スポーツドリンクやポカリスエットを大量に飲む、食欲がなくても食事をとる、ビタミンが入ったゼリー飲料を大量に飲む、寝るということをすると、半日くらいで無理矢理回復できる。実際に今回も半日で七割は体調が回復した。
  • Twitterのタイムラインは“HINOMARU”の話題でもちきりだ。うんざりする。
  • HINOMARU”に関しては、みんなユーモアが足りないと思う。
  • その点では、なんJ民による無作為、無差別攻撃に業を煮やしたネトウヨが左翼をからかうために“HINOMARU”の抗議デモを企画したという事実は、なかなかツイストしている。しかし、それ以前に同様の抗議行動をしようとしていた左翼もいたということで、さらにツイストしている。笑えるのか笑えないのかよくわからない状況だ。
  • 自分は左翼だし、大学ではそういう勉強をしていたわけだが、「一般的な左翼」にとってどうだかはわからない。しかし、そんなことはどうでもいいことだろう。
  • 二十代前半と比べると、自分の思想はずいぶん変化したと思う。
  • とりあえず、表現の自由を擁護する立場ではある。
  • 映画を見る時間がまったくなくなってしまった。時間がなくなったので、映画を見るモチベーションもなくなってしまった。
  • 言葉や表記に対するこだわりはその都度変化していくのだが、「聴く」「観る」という表記が最近、好きではなく、「聞く」「見る」と書きたい。「聴く」「観る」という表記に、おこがましさを感じるからだ。
  • ジェイ・ロック、SOPHIE、そして極めつけはカニエ・ウェストのプロデュースによるナズの新作と、今週は話題作が多い。音楽を取り巻く状況や仕事にはほとほと嫌になることも多いが(ほんとうにそうなのだ)、音楽、レコードを聞くことは、いつまで経ってもおもしろく、刺激的だ。

日記

  • ナイキの創業者であるフィル・ナイトの回顧録、『SHOE DOG』を読んだ。感動的な物語だ。冷めた書きぶりだが、個性的な登場人物たちの描写がおもしろい。よくある成功物語の類では決してない。混乱のなかをがむしゃらに突き進んでいった結果、ナイキという会社が生まれ、いまのような巨大なグローバル企業になったのだと思うと、不思議な感じだ。とにかく、やっていることはめちゃくちゃである。
  • フィル・ナイトは勉強家で、読書家で、博学だ。1960年代から1970年代の回顧録にも関わらず、サブカルチャーの話題は皆無だが、その代わりに登場するのは、もちろんスポーツ、あとはギリシア哲学、仏教、過去の戦争のはなしだ。
  • 『SHOE DOG』には「父と息子」というテーマが頻出する。ぼくに父はいない。いるが、見捨てられた。「父と息子」という関係性がわからないまま、ここまで生きてきている。だが、自分にとって父と呼べるような存在、メンターと呼べるような存在はいずれも男性で、それは不幸なことではなかったと思っている。
  • 宗教や思想には興味があるし、そこから得るものはたくさんある--というか、そういったものからインスピレーションを受けていままでやってきたわけだが、スピリチュアリズムはとにかく避けている。25歳になったくらいからだろうか、ここ数年はとにかく唯物主義的な傾向が強くなってきている。先日、友人と酒を飲んでいて、「寺社や古木にスピリチュアルなものを感じないのか」と問われたが、「少しは感じるかもしれないが、それは否定しようと努めている」と答えた。
  • 祖父の命日の前日に、義務感から初めて妻を連れて墓参りに行った。墓は家の近所にあるのだが、久しぶりに行った。墓参りに意味はないと思っているからだ。祖父や祖母は自分の心や記憶のなかにいる。それでじゅうぶんじゃないか。線香をあげ、墓石に向かって手を合わせているあいだ、特に何も考えなかった。形式だけの墓参りだ。じゃあ、なぜする必要がある? 墓参りにも、スピリチュアリズムにも、ましてやイエというものにも興味がない。
  • 祖父と祖母、そして曽祖父と曽祖母が入っている墓の墓石は、横長の長方形で、真新しくつるっとしている。それがなんとなく妙なのだが、数年前にできた墓場であるから、その周囲の墓石も真新しくてつるっとしている。なんとなくスピリチュアルなものには欠ける。しかも周囲の墓石の多くには、イエの名前でなくメッセージが刻まれている。「愛」「真心」「誠」「ありがとう」といった具合だ。なかには、「会いに来てくれてありがとう」と刻まれた墓石もある。おしゃべりな墓石だ。誰が誰に向けて言っているのだろう。
  • 新しい墓地の横に、古い墓地もくっついている。ぼろぼろの墓石や無縁仏が立ち並ぶ、少々薄気味悪いそちらの墓地のほうが、自分にはしっくりとくる。そういう墓地に来ると、子供の頃に読んだ水木しげるの『鬼太郎の誕生』を思い出す。「会いに来てくれてありがとう」と語りかける墓石もスピリチュアルかもしれないが、古くて薄気味悪い墓地もかなりスピリチュアルである。
  • 土日に仕事をする気が起きない。この日記も、ノートパソコンを立ち上げる気力が起きず、スマートフォンで書いている。
  • 先日、店長の矢島さんに無理を言って、ココナッツディスク吉祥寺店で撮影をさせていただいた。Hi,how are you?のアルバムの横に並べられていた横沢俊一郎の『ハイジ』というCDが気になった。矢島さんにきくと、「いいですよ。このへんとは界隈がちがう感じが」と言った。なんだかよくわからないが、買ってみた。1990年代、2000年代前半のローファイ、宅録ロックといったふうで、懐かしい感じ。何者なのかはまったく知らないが、気になる人物ではある。
  • ここ最近は、TAMTAMの新作、『Modernluv』とye、KIDS SEE GHOSTS、それと今月リリースされるカマシ・ワシントンの新作ばかり聴いている。TAMTAMの『Modernluv』は掛け値無しの傑作だ。『NEWPOESY』にはまだ、レゲエ/ダブ・バンドらしさも残っていたが、『Modernluv』では音響面での実験がかなり進んでいて、演奏や曲調も変化し、もはやレゲエ/ダブ・バンドと単純には呼べないような領域に足を踏み入れている。クロちゃんのボーカルも、すごくよくなっている。とにかく野心的で、挑戦的だ。ぼくは野心的で挑戦的なバンドが好きだ。
  • 『Modernluv』のサウンドにおける実験は、「ダブ」という概念の現代的な拡張だと思う。
  • 大学のとき、同級生のKが一時期、TAMTAM(当時、バンド名は“Tam Tam”だった)のギタリストだった。その頃、ぼくは渋谷の小さなライブハウスでTAMTAMの演奏を見ている。2010年とか、きっとそのくらいだろう。終演後、Kはアフィさんやクロちゃんを紹介してくれなかったが、ライブハウスで酒を一杯飲んで、そのあと、宮益坂を下って一緒に帰った。
  • Kは自信なさげな青年で、同じクラスの塩顔の男といつも行動を共にしていて、付き合っているのではないかと思っていた。格好も垢抜けない感じだったが、大学三、四年にもなると髪型や格好も少しスタイリッシュになっていた。Kは、しかし、ギターがうまかった。最近もプログレのコピーをやったりしているとアフィさんから聞いたが、とにかくテクニックはもっていた。
  • TAMTAMが2011年にリリースした最初の作品、『Come Dung Basie』をいま聞くと、その素朴さには驚かせられるが、同時に、挑戦と実験を重ねてここまできたのだという感慨がある。『Come Dung Basie』はTAMTAMのサイトのディスコグラフィーにも載っていないので、バンドにとってはあまり思い出したくない作品かもしれない。
  • 『Modernluv』をメディアやクリティックが無視するとしたら、それは怠慢だと思う。
  • TAMTAMのバンドとしてのおもしろさは、ダブ・バンドであるのにベースが演奏を牽引しているわけではないというところだ。存在感があるのは、やはりクロちゃんの伸びやかなボーカルとアフィさんのドラミングで、加えて、ソングライティングが優れている。不思議なバンドだと思う。
  • ぼくはいま、『素晴らしいアイデア 小西康陽の仕事 1986-2018』を買いに行こうかどうか悩んでいる。金もないし、時間もそれほどない。なにしろ、高いと思う。けれども、たぶん買うことになるだろう。
  • 火曜日のLampトークショーが不安だ。

広末涼子 - ARIGATO! (1997年) by 天野龍太郎

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 庵野秀明が「新人」として実写映画監督デビューを果たした『ラブ&ポップ』で、コギャルではないごく普通の女子高生たち4人が、中年の、サラリーマン風の男と“大スキ!”を歌っている。1997年の夏、渋谷の街のカラオケで。「写真いっぱい撮ったね/『今すぐ見たいよぉ』」。主人公の裕美(三輪明日美)は、刹那的に過ごしている日々の断片を切り取っておくために、小遣いを貯めてコンパクト・カメラ(もちろん当時はフィルム)を買ったのだった(映画のクライマックスで、浅野忠信演じる狂った男、キャプテンEOとラブホテルへと向かう道中でも裕美は、パシャパシャと無邪気にシャッターを切っている)。カラオケがひとしきり盛り上がったあと、男はうやうやしい手つきで4人それぞれにマスカット1粒を口に含ませ、それを吐き出させ、回収し、丁寧に容器に保存する。12万円を彼女たちに手渡し、男は雑踏へと消えていく。「今日ね/すごくね/むちゃくちゃ楽しかった/ありがと。ダーリン」。

 岡本真夜が書いた“大スキ!”は、スクラッチブレイクビーツのイントロダクションから、ソウル風のホーンがきまり、オルガンとアコギがレゲエのビートを刻んでいく――キメラ的なハイブリッド感が絶妙な、まごうことなきJ-POPソングだ。あるいは、竹内まりやの手になるデビュー・シングルの“MajiでKoiする5秒前”もある意味ハイブリッドで、というのもその曲では、モータウン(アメリカ北部)の“恋はあせらず”のビートを借りながら、スタックス(同南部)のソウル・チルドレンの“I Don't Know What This World Is Coming To”がサンプリングされている。

 そのハイブリッド感覚とは、「アフリカ系アメリカ人の音楽なら(北だろうと南だろうと)同じだろう」という軽薄で隙だらけの予断からくるもので、あるいは、あらゆる文脈を断ち切ってしまう、超日本的なポストモダン感覚と言い換えてもいい。とはいえ、しかし、この2曲から聴取すべき厳然たる事実はもっともっと表層的なもので、それはつまり、小沢健二の『LIFE』(1994年)や“痛快ウキウキ通り”(1995年)のサウンドが、その後4、5年はJ-POPシーンの良識的な作家たちにかなり深刻なトラウマを植えつけたのだ、ということだろう。

 その「小沢健二のトラウマ」に悩まされながらも独自の色を作品に落とし込んでいるのは、全編に渡って編曲を手がけている藤井丈司である。『ARIGATO!』は彼の仕事を楽しむアルバムでもある。原由子や元ピチカート・ファイヴの高浪敬(慶)太郎といったアルチザンたちが書いた楽曲を、ある曲ではオーセンティックに、またある曲ではR&B風に、さらにはテクノポップ風に調理している。

 小沢健二は「王子様」としてオリーブ少女たちのカルトな信仰を集めた一方で、広末涼子のピュアでウェルメイドなアイドル・ソングは援交少女たちのサウンドトラックとされた(すくなくとも、『ラブ&ポップ』においては)。少女は片思いの相手をデートに誘い、「さり気なく腕をからめて/公園通りを歩く」(“MajiでKoiする5秒前”)。ここでの小沢健二の歌詞とのちがいは、主語の性別くらいのものだろう。だがそのちがいは、少女たちにとってはおそらく大きいはずだ。たとえ他人が書いたリリックを偶像、広末が歌わされたものであったとしても。2000年代のリアルを担ったのが浜崎あゆみだったとして、では、2010年代は? 2016年、JKリフレ嬢たちのサウンドトラックはどんなものだろう。彼女たちにとっての広末涼子はいま、誰なのだろう。 (20 Feb. 2016)

Mr.Children - 深海 (1996年) / BOLERO (1997年) by 方便凌 (BOOKOFF Zombies pt. 2)

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 信藤三雄がアートワークをデザインしたデビュー・アルバムだとか、ファクトリーのバンド、レイルウェイ・チルドレンに由来したバンド名などから「ミスチルはもともと渋谷系だった」という話があるが、実際、若き日の桜井和寿スタイル・カウンシルが好きだったものの「ああいう音楽は日本ではウケない」と感じていた(その後、フリッパーズ・ギターの登場に衝撃を受ける)。まだ国民的スターになる以前に、『CDでーた』誌の企画でL⇔R黒沢健一とともに参加した「CD100選」では、黒沢ほどマニアックではないものの、洋楽のインディものもそこそこチョイスしていたという(残念ながら現物確認できず。情報お持ちの方、ご連絡ください)。

 だが、「ミスチル渋谷系だった」ことよりも、「ミスチル渋谷系をやめた」ことの方が我々に多くの示唆を与えてくれるのではないか、と僕は思う。僕ら(サブカル)は、渡辺満里奈小沢健二ではなく名倉潤を選んだ事実を深く受け止めなければならない。「スタカンは日本人にはウケない」という洞察はあまりに正しく、ミスチルは初期の甘酸っぱくてオシャレなラブ・ソングではなく“innocent world”に顕著な疲弊した現代人のための精神論へとシフトしていくことで、より大きな規模の支持を獲得していくこととなる。「L⇔Rは売れなかったけれどミスチルは売れた」というのはそういう舵取りができたかどうかということでもある。

 そしてバンドが巨大化していく臨界点に発表されたのが『深海』と『BOLERO』の二枚だ。わずかなスパンでリリースされた両作はもともと「青盤」と「赤盤」のダブルアルバムとして発表される予定だったこともあり、実質的な双生児である。結果的にはそれぞれ日本の歴代アルバム売上ランキングの31位(274.5万枚)と14位(328.3万枚)という記録的なセールスをおさめた。“Tomorrow never knows”、“シーソーゲーム~勇敢な恋の歌~”、“名もなき詩”etc.……。「ゾーンに入っていた」としか思えないほどの傑作を連発したシングル群もさることながら、当時のUSオルタナに目配せした、乾いたRAWなロックサウンドは時流を捉えている(その分、94年リリースの“Tomorrow never knows”のサウンドはアルバムのなかで浮いてしまっている)。「失くす物など何もない/とは言え我が身は可愛くて/空虚な樹海を彷徨うから/今じゃ死にゆくことにさえ憧れるのさ」(“深海")という歌詞を桜井がどれだけガチな気持ちで歌っていたのかはわからない(戦略として渋谷系をやめるぐらいの男なのだから)が、「95年以降」という時代の追い風を受けていたことは想像に難くない。

 しかし本作中で最も気を吐いているのは、刺激的なロック・サウンドにポップなカラーを落とし込んでいる部分だろう。“ありふれたLove Story ~男女問題はいつも面倒だ~”のブリッジにおける転調や“ハロー・グッドバイ”を彷彿とさせるコーラスの上昇音階、または“タイムマシーンに乗って”におけるホーン・セクション、リバースしたクラッシュ・シンバル、スライド・ギターが三位一体となった中間部を見よ(聴け)。『マジカル・ミステリー・ツアー』期ビートルズへの強い忠誠心があらわれているこれらのアレンジメントは、小林武史の辣腕がなければ実現しえなかった。ビートルズ的イディオムに関して小林は、サザンオールスターズの諸作品などでもすでにその高度な技術を発揮させていたが、自身もメンバーの一員であるMy Little Loverにおいてはさほど影響の片鱗を見せなかったのは〈ビートルズジョージ・マーティン=4ピースのボーイズ・バンドとプロデューサーという関係の中でそれをやる〉ことへの拘りがあったのだろうか? なんにせよ(ブリットポップ以降の)1990年代後半から2000年代前半にはPUFFYタンポポなど、ビートリー・サウンドを彷彿とさせるJ-POPはそれなりに登場したものの、記号的というか、わかりやすい引用に留まるものがほとんどであることに比べると、小林の仕事は実に通好みのソレであり、「マスに訴求しつつコアに追求する」というロック・バンドとしては理想的な姿勢で確かな成果を残したといえよう。

 『深海』、『BOLERO』から20年経ったいま、若者はミスチルを聴かなくなったし、ヒット・チャートからはビートルズの遺伝子を受け継ぐ音楽は消えた。この20年という歳月はいったい何だったのだろうか? 彼らがそぐわなくなってしまう時代とは何か、ということである。個人的には、桜井は脳梗塞で倒れて戻ってきたあと、環境活動に取り組むのではなく、もう一度不倫をするべきだったと思っている。そして「♪僕の自意識にもドロップキック」くらいのことを歌っていたらまた何かが始まっていたかもしれない(し、終わっていたかもしれない)。 (20 Feb. 2016)

オリジナル・ラブ - L (1998年) by 小鉄 (BOOKOFF Zombies pt. 1)

 以下のテクストは、ぼくのタンブラー・ブログに掲載していた「2016年のリスナーのための1990年代J-POPディスク・ガイド――BOOKOFF Zombies and Survivors」からの転載です。全三回掲載した通称(というか、自称)「ブックオフゾンビーズ」は、小鉄と方便凌とぼく、天野龍太郎の三人がそれぞれ90年代のJ-POPアルバムをひとつずつ論じた、9つのテクストから成っていました。これがなかなかおもしろいので、このままにしておくのはもったいないと思い、このはてなブログに転載した次第です。ぼくが暇なときにひとつずつ、ゆっくりとしたペースで順次転載していく予定。……もしかしたら「ボーナス・トラック」もつくかも?

 

日本中のBOOKOFF Zombiesたちへ

 最近、思うところあって映画『ラブ&ポップ』を観た。庵野秀明が初めて監督した実写映画だ。ごく普通の女子高生が運命的な出会いを果たしたトパーズの指輪を「その日のうちに」手に入れるために(なぜなら「明日」ではその指輪が欲しいのかどうかわからなくなってしまうから)援助交際を重ねる、というのがあらすじで、家庭用の、当時では珍しかったデジタルビデオカメラの機動力を駆使しつつ(ときにカメラは俳優の腕や頭部に取り付けられた)、アダルトビデオ(言わずもがなハメ撮り)の影響を多分に受けながら撮られたこの映画は、1990年代の東京を舞台とした似非ヌーヴェル・ヴァーグのような空回り気味の実験精神とみずみずしさを湛えたストレンジな作品となっている。

 『ラブ&ポップ』が映す1997年の渋谷の街は、2016年の渋谷とほとんど同じに見える(マークシティが未だ建造中だったりと、多少のちがいはもちろんあるものの)。少女たちが持っているものはスマホではなくポケベルだが、それとLINEにどれほどのちがいがあるのだろうか。渋谷の援交少女は、秋葉原のJKリフレ嬢になった。ただそれだけだ。80年代は遠くなりにけり。だが、90年代は、いまも街とそこにいる人々を覆っている。『ラブ&ポップ』を観て、ぼくはそんなことを思った。そういえば、もう何年も前から様々なジャンルで90sリバイバルは叫ばれている。だから、2010年代が1990年代を引きずっているのではなく、90年代が回帰してきているのだろう。

 いまとちがって、幸か不幸か、90年代の日本は音楽とともにあった――「J-POP」と呼ばれる音楽とともに。そんな時代の音楽は、現在、インターネット上ではそれほど聞けない代わり、ブックオフという公共スペースにアーカイブされていて、280円とか500円とかでアクセスすることができる。時代の息吹を吸い込んだままの遺物=CDが山のように眠っている280/500円棚という魔境。その中で未だ不毛なディグを続けている友人たちに、いま聞くべき90年代のJ-POP作品とはどれかを訊いてみたいと思った。そこで、90年代を幼年期、そして少年期として過ごしたぼくとほぼ同世代の小鉄、方便凌の二人に、「2016年のリスナーのための1990年代J-POPディスク・ガイド」をつくってみよう、と声をかけてみた。その結果は以下の通り。ちなみに、この「ブックオフゾンビーズ」は全3回を予定している。最後まで楽しんでいただければ幸いだ。(以上、天野)

 

オリジナル・ラブ - L (1998) by 小鉄

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 KOHHは首にマルセル・デュシャンモナリザのタトゥーを彫っている。いつか自社ビルを建てたい、ゴッホやミロのような偉大な芸術家になりたい、という自らの上昇志向をあからさまに表明した楽曲“Living Legend”のビデオにもデュシャンの作品が映りこんでいる。

 小西康陽もまたデュシャンをリスペクトするエッセイを書いている。が、その内容はというと、30歳を間近になってなお親に仕送りを貰っていた小西康陽が、デュシャンは50歳になっても仕送りしてもらっていたという話を聞いて気が楽になった……というもの。

 かように、モラトリアムな価値観(と、バブル崩壊の影響が来るのが遅かった90年代の音楽業界)が支えていた渋谷系。そんな中でオリジナル・ラブ、もとい田島貴男だけは最初からオトナの風格を漂わせていた。初期のオリジナル・ラブピチカート・ファイヴ在籍時代の田島貴男は、現在の彼を知っているからこそまだ若くフレッシュに見えるが、それでもステージに立つ姿はすでに精悍で堂々としている。

 そんな田島貴男だからこそ、渋谷系の面々で、誰よりもいち早く、青春期の総決算か、あるいはイニシエーションとでも言うべき、内省的で鬱々しいモードに入った。それがこの『L』だ。

 前々作『Desire』でバンドからソロ・プロジェクトとなったオリジナル・ラブは、前作『ELEVEN GRAFFITI』で打ち込みを導入し、そしてこの『L』は更にそれを発展させた内容となっている。

 エイフェックス・ツイン“4”をもろに意識した小曲で始まり、実質オープニングナンバーである“水の音楽”は、タブラとストリングスとピアノが、湧き、流れ、渇いていく「水の音」そのものを演奏するかのような美麗なアレンジで、かつドラムンベースをここまで血肉化して取り込んだ日本語によるポップスはこの曲だけでは?と思わせる逞しいビートが素晴らしい。またシングル・カットされた“宝島”と“インソムニア”はヒップホップ・ビートにジャンクなシンセとギターという前作同様ベックの影響を感じさせるユニークなアレンジで、“羽毛とピストル”はボイス・パーカッション+アコギというシンプルなアレンジながら、当時傑作シングルを連発し翌年にはあの『ヴードゥー』をリリースするディアンジェロを思わせる濃密なセックス・ソング。

 と、サウンドは充実しながらも、全体に流れるムードは暗く、重く、そして虚しく、儚い。“ハニーフラッシュ”では援助交際の情事が描かれるが、同時期の、同世代男性アーティストによる援助交際をテーマにした楽曲(ECD“ロンリーガール”、岡村靖幸“ハレンチ”、スカパラ“Dear My Sister”など)がいずれも説教臭かったり、あるいはただ困惑しているだけの状態と比べると、ここで田島が描く「彼女ら」はひたすら虚無的で淡々としている。

 ごく普通の少女は「パートタイムの恋のハニーフラッシュ」で「ベッドタウンいちばんのプレイガール」に変身する。「動く遊歩道の上で手を握る」「ロンサムタウンは何度もかなしい魔法を信じるのさ」というラインの、虚無が匂ってくるような描写。

 これについて田島は、海外旅行から帰ってきた後、渋谷を通りがかった際、印象的だったのが「コギャル」たちの様子であったと語っている。かつて、オリジナル・ラヴ渋谷系とカテゴライズされた際には真っ先にそれを否定していた田島貴男は、そのブームから数年後の渋谷の光景に、いま歌うべきリアルを見出した、と言えよう。

 “神々のチェス”はその荘厳なタイトル通り、恋愛も人生も、自分自身の存在も、しょせん神が戯れに遊ぶチェスの駒でしかなく、その歴史が何百年と繰り返されるだけ……という諦観が語られる。後にも先にも田島貴男がここまで絶望的で遠大な世界観を語っているのはこのアルバムだけだ。

 ほんの少しだけ背伸びした、等身大の日常を切り取り、そこにさりげない輝きを見出すのが渋谷系の美学であった。『L』とは時代の曲がり角を意味している。内省的で、かつ一気に「神」にまで嘆きを飛躍するエヴァンゲリオン的センチメンタル。渋谷系で最もオトナだった田島貴男が時代の曲がり角で一瞬だけ、「渋谷系」から「セカイ系」へと転じたその極点をこのアルバムは描いている(先述の通り、そもそもこの人はずっと渋谷系とカテゴライズされることをずっと否定しているのだが)。

 なお、これ以降のアルバムについては、『L』の楽曲を更に激しく実験的にアレンジしたスタジオ・ライブやリミックス小西康陽も参加)したミニアルバム『XL』を挟み、田島は奇才ターンテーブル奏者L?K?Oとの出会い、更なる問題作『ビッグクランチ!』をリリースする。恐らく「接吻」のイメージから最も遠い、ミクスチャーからバラードまであらゆる音をグチャグチャにコラージュしてかつエネルギッシュなこの怪作を経て、田島貴男は現在に至るまでまた巷間によく知られる、良質なポップス職人として活動している。この時期を境に、田島貴男の顔は関根勤よりも藤岡弘、に似ているようになり、その存在感も声もよりダイナミックな進化を遂げる。一回引いてダッシュするチョロQの原理。鬱をぶっとばせ!!!!! (20 Feb. 2016)

Buy Nowers Club Vol. 7 | at dues 新宿, Dec. 27 2017

John Maus - Screen Memories

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2011年の傑作We Must Become the Pitiless Censors of Ourselvesから、気づけば6年もの月日が。いわずもがなアリエル・ピンクの親しき友人で、政治哲学者で、皮肉屋で(ピッチフォークのインタヴューで炎上)、自称「極左極左極左」主義者。自作のシンセサイザーで奏でられるのは、ダークでドリーミーなシンセポップ。なのにどうしてこうも気味の悪い響きをしているのか、どうしてこうもアウトサイダー感が滲み出てしまうのか。ジョン・マウスの音楽は、ジェイムズ・フェラーロと田島ハルコとハイプ・ウィリアムズが共演しているかのようだし、イアン・カーティスが降霊した人生のようにも聞こえる。彼はライヴで、激しく頭を振りながら低い声で唸る。「オー、イェー!」。だがそれはちっともたのしそうには聞こえない。むしろ苦しみもがいているかのようだ。

 

Yves Tumor - Experiencing the Deposit of Faith

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イヴ・ツーマー(腫瘍)ことショーン・ボウイ。PANからリリースした2016年のSerpent Music(蛇の音楽)で脚光を浴びたクィア。そのファッションにはアルカを重ねずにはいられないし、事実、Hood by Airのショウへの参加経験も。その音楽はサンプリングの快楽主義に亀裂を入れる、いびつな脱構築ヒプナゴジック・コンクリート・ミュージックとでも呼ぶべきもの。あきらかにヴェイパーウェイヴの影響下にある霞がかったサウンドはビルボード・ホット100を独占するトラップやR&Bを茶化しているようにも聞こえる。ひっそりとリリースされたこの謎めいたデータ・コンピレーション(WAVとAIFFとが混在する雑さ)はアルカやガイカよりもザ・ケアテイカーやグルーパーと比較されるべき? そんな本作をTMTは2017年のフェイヴァリット第2位に選出。最近は坂本龍一のリミックス・アルバムに参加というニュースも。作品は否応なしに批評的だが、ライヴはフィジカル。

 

Downtown Boys – Cost of Living

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うまいとは言いがたいサックスがシンプルなフレーズを吹き、ディストーション・ギターががしゃがしゃと鳴り、ヴィクトリア・ルイズがスペイン語訛りで叫ぶ「壁は......ただの壁だ!」「ファック・イット!」。ダウンタウン・ボーイズは怒っている。なぜかって? 誰もこの理不尽に対して怒らないからだ。Sub Popとサインした極左バンド、ダウンタウン・ボーイズの新作のタイトルは“生活費”(ちなみに、前作のタイトルは“完全なる共産主義”)。言うならばこれはケン・ローチの『わたしは、ダニエル・ブレイク』やダルデンヌ兄弟の映画のパンク・ロック・ヴァージョンだ。いまもっともザ・クラッシュ、そしてジョー・ストラマーに近いのは彼女/彼らのはず。狂乱のパンク・ダンス・パーティーにこそ粗野なパワーが宿るのだ、醜悪な社会政治秩序や不均衡な自由主義を打ち壊すのだとダウンタウン・ボーイズは言う。フガジのガイ・ピッチオットがプロデュース。